【クロツラ日報】教えて!教えて!柏木さん 第1回
- 柏木実
- 2018年4月7日
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ラムサール・ネットワーク日本の柏木です。始まりは1990年代初めに20年勤めた中学校理科の教員を辞め、自然保護活動に取り組む準備という口実で行ったオーストラリアの西海岸で、北海道の風蓮湖で標識を付けたトウネンという小さいシギ・チドリ類に出会ってしまったことでした。干潟の埋立・干拓がどんどん行われていた時期で、そこを生息地とするシギ・チドリ類も減少していました。干潟を利用し、他の国との間で渡りをするシギ・チドリ類のデータを示せれば、干潟を埋め立てることが他の国にも影響があることが示せるのではないかと思い、地域で活動する湿地保全団体のネットワークと活動を始めました。
活動を始めて、あれも、これもといろんなことに首を突っ込んで来ました。活動の一つの中心は湿地を利用する鳥たちとその生息地を守ることです。2000年からはヘラシギの個体数回復を目指す活動をしてきました。今回はヘラシギとクロツラヘラサギとのつながりからお話ししましょう。
「ヘラシギの保護活動をしています。」と言うと、「ああ知っています、なんとかヘラサギですね。」「いえ、ヘラサギではなく、ヘラシギです。」と訂正することもしばしばです。でもクロツラヘラサギ(Black-faced Spoonbill)の保護活動をしている人たちのところに行って、「私の活動の中心はヘラサギ(Spoon-billed Sandpiper)です」というと、「そうなんだよね、Spoonbillっていうのは大切な種なんだよね。」という言葉が返ってきます。対象の種は違っても、一緒に頑張っている人がいるのだと、力づけられます。英語でも、日本語でも、ヘラ状の嘴/Spoonbillという共通の名前を持っています。実際どちらの種もヘラ状の嘴はとても愛らしい形です。(クロツラヘラサギの嘴は「ヘラ」、ヘラシギの嘴は「Spoon」が似合うと思うのは私だけでしょうか?)
クロツラヘラサギも、ヘラシギもユーラシア大陸の東端だけが生息地で、同じ干潟を生息地としています。そんなわけで、ヘラシギや、シギ・チドリ類の調査に行くと、特に中継地や越冬地にはクロツラヘラサギがいることも多く、日本だけでなく、韓国でもベトナムでも、そして勿論、台湾でもお馴染みの種です。クロツラヘラサギは1990年代総個体数280羽と言われ、一方へラシギは2016年に115-200番とされ、絶滅危惧種に指定されています。
ロシア科学アカデミーの研究者を中心とした私たち国際踏査チームがどうやらヘラシギは、かなり減少が激しいらしいと、ヘラシギに焦点を当てて2001年に20年ぶりにチュコト半島沿岸域の調査を始めたときの推定番(つがい)数は1000番以下で、当時はクロツラヘラサギの数よりもずっと多かったのですが、その後、急速に減少して、2003年には400-570番、にまで減ってしまいました。この急速な減少に対して、取り組んでいこうと私たち踏査チームのメンバーたちは、連携して取り組もうと2005年に「ヘラシギ回復チーム」という名前のチームで活動を始めました。ヘラシギの救済ではなく、回復をしようという意味です。私たちは、クロツラヘラサギの回復を意識していたのです。1990年代に絶滅の危機にあったクロツラヘラサギは、ボン条約が種保全計画を策定するだけでなく、研究者、NGO、行政を含むさまざまな背景の多くの人たちの取り組みが功を奏して徐々に個体数が増えてきていたからです。
ただ、クロツラヘラサギとヘラシギはずいぶん違っています。そのため、クロツラヘラサギ保全の活動のまねをすれば、ヘラシギの個体数が少しずつでも戻っていく、ということは期待できません。まず、クロツラヘラサギは全長77cm。これに対してヘラシギは15cm。クロツラは身体が白くよく目立ちます。ヘラシギの方は腹側は白っぽくても背中は茶色・黒・赤など周りから見えにくい上に、嘴の形以外、大きさも体型も殆ど変わらないトウネンの群れに交じっています。繁殖地が韓国と北朝鮮の休戦ライン周辺のクロツラに対して、ヘラシギの繁殖地はロシアの極東シベリア、なかなか行くことができません。日本の場合、80年代初めまではいくつもの干潟で何羽かが見られていたものが、今は限られた場所で、1-2羽が見られるかどうかという状態です。クロツラは日本で越冬するため、何ヶ月かは同じ場所で見ることができますが、ヘラシギの方は日本に来るのは殆どが秋の渡りの途中です。
ですが、クロツラヘラサギがここまで回復することができたのは人々に愛され、多くの人たちが大切にし始めたと言うことが大きな鍵になっています。そしてそれがまた多くの人を惹きつけ、その人たちがまたTeam SPOONのように新しい保護活動を始めるようになっているからだと思うのです。クロツラヘラサギ保護の活動は、なかなか愛らしいヘラシギという鳥の保護活動にもおおきな参考になっています。そして、今後絶滅の危機に陥った種をこれから回復しようとするとき、どんな活動をすれば良いかについての、すばらしい事例になっていると思います。

ヘラシギの親子
ヘラシギとクロツラヘラサギの嘴のヘラ

